
ザンギ発祥は釧路か函館か|1937年・陶陶亭と1960年・鳥松、終わらない論争
北海道でいちばん論争になる食べ物は、たぶんザンギです。
味の話ではありません。「どこで生まれたのか」が決まっていないのです。
有力なのは釧路と函館の2説。しかもこの2つ、年号が23年もずれています。片方は1960年、もう片方は1937年。それなのに、どちらも「うちが発祥だ」と決着させる資料が出てきていません。
この記事では、その論争の中身を両側から見ていきます。そして最後に、車で両方の街へ行く場合の距離を並べます——札幌からの距離がほぼ同じ、という偶然も含めて。
なお、「ザンギとから揚げは何が違うのか」という話は別の記事にまとめています。
公的な資料はどう書いているか
まず、いちばん硬い情報から見ます。農林水産省の「うちの郷土料理」に、北海道のザンギが載っています。
そこにはこう書かれています——昭和30年ごろに釧路市の末広歓楽街に店を構えていた鶏料理店が、鶏一羽をぶつ切りにして唐揚げにしたのがはじまり、と。
ただし注意してほしいのは、農林水産省自身が「といわれている」という書き方をしている点です。国の資料でも断定していない。この一点が、この論争の性格をよく表しています。
そしてもう一つ。農林水産省は「昭和30年ごろ」、つまり1955年前後と書いています。あとで出てくる釧路説の店の創業は1960年(昭和35年)。公的資料と店の伝承の間でも、すでに5年ほどずれているわけです。
名前の由来——中国語の「炸鶏」に「ン」を足した説
発祥の話に入る前に、名前の由来を押さえておきます。こちらのほうが説としてまとまっています。
有力とされるのは、中国料理で鶏の唐揚げを指す「炸鶏(ザーチー/ザーギー)」が元になった、という説です。そこに「運がつくように」という願いを込めて「ン」を足し、「ザンギ」になった——農林水産省の資料もこの説を紹介しています。
料理名に一文字足して縁起を担ぐ。本当なら、ずいぶん商売人らしい命名です。
これも「説」であって確定した語源ではありません。ただ、中国料理由来という線は、このあと出てくる函館説とつながります。
釧路説——1960年、ネオン街の焼鳥屋「鳥松」
釧路側の主役は、鳥松(とりまつ)という店です。
1960年(昭和35年)、釧路市内のネオン街で開業した焼鳥屋。ここがブロイラーを使った骨なし・骨ありの鶏の唐揚げを「ザンギ」の名で売り始めたとされています。
この説の強みは、店が今もあることです。発祥を名乗る店が実在し、2代目が同じ料理を出し続けている。伝承が生き物として残っているのは大きい。
そして時代背景も噛み合います。1960年前後は、ブロイラーの流通が広がって鶏肉が安く手に入るようになった時期です。「一羽をぶつ切りにして揚げて出す」という料理が商売として成立し始めるタイミングと重なります。
ただし——この釧路説について、地元メディアのSitakke(HBC北海道放送)は、店がその料理を売り始めた事実はあるものの、そこが発祥だと示す明確な根拠は存在しない、と整理しています。「店がその料理を出していた事実」と「そこが発祥である証拠」は別、ということです。
鳥松に行くなら
釧路市栄町にあります。夜の街の店らしく夕方からの営業とされていますが、営業時間や定休日は変わることがあります。札幌からは片道4時間半の遠征になるので、出発前に必ず電話などで最新の営業状況を確認してください。
函館説——1937年、大門の中華料理店「陶陶亭」
もう一方の主役は函館です。
1937年(昭和12年)、大門の柳小路で創業した中華料理店「陶陶亭(とうとうてい)」。総料理長を務めていた王鴻吉という人物がいて、その弟子たちがレシピを受け継いだ、という筋が函館説の根拠とされています。陶陶亭そのものは平成元年(1989年)まで営業していましたが、いまはもうありません。
こちらの強みは年号です。1937年は釧路説より23年早い。そして中華料理店であるという点が、さきほどの語源の説——中国語の「炸鶏」由来——と素直につながります。中国料理の鶏の唐揚げが、中国料理店から広まった。話として筋が通っています。
しかしSitakkeの同じ記事は、函館説についても、伝承はあるが発祥の根拠には至っていない、と釧路説と同じ評価をしています。そして論争の行方についてはこう書いています。
この「函館か?釧路か?」の論争に終わりはないだろう
なぜ決着しないのか
整理すると、こうなります。
| 釧路説 | 函館説 | |
|---|---|---|
| 店 | 鳥松(焼鳥屋・現存) | 陶陶亭(中華料理店・1989年閉店) |
| 年 | 1960年(昭和35年) | 1937年(昭和12年) |
| 内容 | ブロイラーの鶏唐揚げを「ザンギ」の名で販売 | 総料理長・王鴻吉の弟子がレシピを継承 |
| 強み | 店が現存し、料理も続いている | 年号が23年早く、中国料理由来の語源説と整合 |
| 弱み | 発祥を示す明確な根拠がない | 同じく発祥の根拠には至っていない |
決着しない理由は、はっきりしています。どちらも「その店がその料理を出していた」ところまでは追えるのに、「そこが最初だった」を示す文書が出てこないからです。
町の食べ物というのはそういうものです。誰かが特許を取ったわけでもなく、看板に「本日より新メニュー・ザンギ」と書いた紙が保存されているわけでもない。気づいたら街に広がっていた。
だから、この論争はおそらく終わりません。そしてそれは、この料理が誰か一人の発明ではなく、街の中で育った証拠でもあります。
釧路の派生形「ザンタレ」
もう一つ、釧路側から出た文化があります。ザンタレです。
ザンギに甘辛いタレをかけたもの。名付けたのは釧路の南蛮酊(なんばんてい)という店の店主とされています。
札幌で暮らしている人が釧路で「ザンギ」を頼んで、タレがかかった状態で出てきて驚く——これが起きます。同じ道内、同じ料理名なのに別物が出てくる。発祥論争が続いている土地は、派生形も生き続けているわけです。
(南蛮酊・鳥松ともに、営業状況は変わることがあります。行く前に確認してください。)
両方の街へ、車で行くと
ここで面白いのは、札幌からの距離がほぼ同じだということです。
| 行き先 | 主なルート | 距離の目安 | 所要時間の目安 |
|---|---|---|---|
| 釧路 | 道央自動車道 → 道東自動車道 | 約310km | 約4時間半 |
| 函館 | 道央自動車道 → 函館方面 | 約310km | 約4時間半 |
論争している2つの街が、札幌からちょうど同じくらいの距離にある。北海道の広さを実感する数字でもあります。
どちらも日帰りは厳しい距離です。往復で9時間、そこに食事と観光が乗ります。一泊するか、途中の街で区切るのが現実的です。
運転の注意点:
- 釧路方面は道東自動車道。トンネルと山越えが続く区間があり、秋以降は路面凍結の始まりが早いです。給油は早めに
- 函館方面は距離のわりに単調な区間が長く、眠気が敵になります。休憩を先に予定に入れておく
- どちらも高速料金がそれなりにかかります。目的が「一皿食べる」なら、他の目的と組み合わせる旅程にしたほうが満足度は上がります
釧路・函館で1泊するなら
札幌からはどちらも片道4時間半ほど。ザンギ一皿のために日帰りで往復するより、街をゆっくり回って一泊するのが現実的です。宿の予約はこちら:
【ヤフートラベル】取り扱い施設数が約17000施設!!国内最大級宿泊予約サイト![]()
ドライブ全体の話は、ジンギスカンのタレの記事もどうぞ。余ったタレはザンギの下味にも使えます。
よくある質問
Q. 結局、ザンギの発祥は釧路と函館のどちらですか?
決まっていません。釧路説(1960年・鳥松)と函館説(1937年・陶陶亭)のどちらにも伝承はありますが、発祥を裏づける決定的な資料はどちらからも出ておらず、農林水産省の資料も「といわれている」という書き方で断定を避けています。
Q. ザンギとから揚げは何が違うのですか?
味付けの濃さなどいくつかの説明がありますが、公式な定義や線引きは存在しません。この話はザンギとは – 北海道が誇る唐揚げ文化の秘密で詳しく扱っています。
Q. ザンタレとは何ですか?
ザンギに甘辛いタレをかけた釧路の食べ方です。名付け親は釧路の店「南蛮酊」の店主とされています。釧路では「ザンギ」を頼むとタレがかかって出てくる店もあり、初めてだと驚きます。
Q. 札幌から発祥の店まで車でどれくらいかかりますか?
釧路(鳥松がある街)まで約310km・高速利用で約4時間半です。函館もほぼ同じ約310km・約4時間半。どちらも日帰りは強行軍になるので、一泊する前提で計画するのがおすすめです。
まとめ——決まらないから、面白い
ザンギの発祥は、釧路説(1960年・鳥松)と函館説(1937年・陶陶亭)の2つが有力で、どちらも決定的な根拠が出ていないまま論争が続いています。名前の由来は中国語の「炸鶏」に運の「ン」を足した説が有力で、これは函館の中華料理店説と筋が通る一方、公的資料が紹介する発祥の地は釧路。きれいに割れています。
「どっちが発祥か」は決まっていません。でも、決まっていない食べ物のほうが、話していて面白い。次に居酒屋でザンギが出てきたら、この話をしてみてください。
※ お出かけ・お手続きの前にご確認ください
掲載している内容は執筆時点の情報です。営業時間・料金・定休日・開催日程・制度などは変更されることがあります。
ご利用の前に、公式サイトなど最新の情報を必ずご確認ください。




